映像自分史『きせき』への想い

 

『いつの間にか、孫と呼ばれていた時は過ぎ、子供ができ孫ができ・・・』

 

映像自分史「きせき」が生まれるまでの過程について、お話しいたします。

 

 

 

私は、自他共に認める「じいちゃん子」でした。

幼少期の記憶は、両親との思い出よりも、じいちゃんとの思い出ばかり。

格好良くて、優しくて、物知りで自慢のじいちゃんでした。

 

それは、まだ、私が幼い頃のこと

祖父や祖母から、自分のルーツでもある曾祖父や曾祖母について聞くこともありました。

 

そして、お仏壇にある遺影を見て思っていました。

昔の人のことを知りたい・・・

 

背は高い?体重は?

どんな声だったの?

どんな時代だったの?

何して遊んでいたの?

戦争のときはどうしていたの?

 

しかし、子供ながら聞くチャンスを伺っていたものの、亡くなった人のことを聞いてはいけないと思い聞けませんでした。

そして、自分も歳を重ね、祖母が亡くなりました。

 

私は、祖父の声や姿を映像として残したいと思いました。

母に相談すると、軽くあしらわれました。

 

その後も、カメラを持って祖父の家へ行っても、考えが巡るばかりで言い出せません。

『どうして撮るのか聞かれたら何て言おうか』

『もうすぐ死ぬと思っているから撮るんじゃないか?』

『撮ったら死ぬんじゃないか』

そんなことが何度も続きました。

 

ある日、とうとう祖父は突然倒れ入院しました。

脳梗塞で、意識もなく話もできません。

途中回復するも、退院出来ず、ますます言い出せなくなりました。

 

そうして、退院することもなく、映像に収めることもなく、祖父も他界しました。

おじいちゃん子だった私は、年甲斐もなく長い間哀しみに暮れていました。

 

もう、映像どころか写真も撮れない・・・

声も聞けない・・・

動いている姿も、笑って話している姿も見ることができない・・・

後悔しても始まりませんが、やっぱり撮影しておけば良かった。

 

自分の大好きだった祖父の姿を成長した子供や孫に見せてあげたい。見て欲しい。

普段は言えない。あのとき、何かきっかけさえあればと感じていました。

 

あの時の自分と同じ思いを、他の誰かに感じて欲しくない・・・

 

私が、きっかけを作る。

そして、2019年に映像自分史『きせき』を企画し事業をはじめました。

 

『きせき』は、出逢いの奇跡と人生の軌跡から名付けました。

終活エンディングノートにも使える自分史を映像にするサービスを始めました。